私がレバノンとはじめて出会ったきかっけは、この国の不思議な言語でした。
どんな言葉が話されているのかと気になり調べだしたところ、いつまでも調べ尽くしたいほどに面白い特徴が見えてきました。アラビア語のようで、フランス語のようで、また、英語のようでもある。冗談抜きで、言葉のおかげで、私は今ではレバノン大好き人間です。
そんな知れば知るほどハマってしまう、レバノンの言語事情に迫りましょう。
1. レバノンの公用語はアラビア語
まずは、公用語になっている言語からご紹介しますと、アラビア語です。「じゃあ、もう答えが出ちゃったじゃん」とがっかりしないでください。これは、あくまでも、形式的な決まり事。レバノンはもっともっと複雑です。
レバノンでは、フランス語と英語も話されています。ここでは、簡単に、それぞれの立ち位置に触れておきましょう。英語は一般的に、ビジネスとコミュニケーションのための言語であり、フランス語は社会的な価値観やアイデンティティー、そして、他の人からどのように見られるかにも影響を与える言語です。
詳しくは、ちゃんと続きでご紹介しますのでご心配なく。
そして、レバノンはアルメニアやアラブ帝国など様々な国々の一部であったという歴史から、国民は様々な言語を話します。多種多様な文化が混ざり合った国だということですね。この時点で、もう興味深い。
人口構成も気になるところですね。これだけ「混ざり合った」と言うと、アメリカほどかと誤解を生みかねないので、注釈です。レバノン人の約95パーセントがアラブ人です。この記事でご紹介しているメインの言語とは他に、マイナーなものとして、アルメニア語、ギリシャ語などを話す人もこの国に住んでいます。
2. レバノンのフランス語
続いては、レバノンでフランス語がどのような役割を果たしているのかです。そもそも、アラビア語とフランス語が混在する国、という時点で興味がわきますね。
実は、そのような国は、他にもあり、例えば(私が海外での生活の拠点としているカサブランカのある)モロッコという国があり、ここでは、フランス語とアラビア語の両方が、日常的に話されています。公用語という扱いになっているのは、アラビア語(+ベルベル語)ですので、この点でもレバノンと似ています。
レバノンではフランス語は国の“準”公用語です。アラビア語に続く、国の言語ということ。
これは1918年から1943年の間、レバノンがフランス政府の統治下に置かれたため。20世紀のフランス委任統治の影響ですね。多くのレバノン政府の出版物が公用語であるアラビア語の他、フランス語でも発行されています。
面白いことに、政府内でフランス語を使用するケースは法律により定められていて、ビジネスや外交関係、教育などの場面での敬意ある言語として使用されます。
フランス語の使用は第一次世界大戦後のレバノンの委任統治を含め、フランスの十字軍と植民地化政策の時代の名残です。2004年時点で、国民の20%程度が日常的にフランス語を話しているということです。
レバノンの法律からも各言語の立ち位置がわかる
かつてフランスに委任統治されていた過去を持つレバノン共和国は(先ほどお伝えした通り)アラビア語を「唯一の公用語」として定めていますが、フランス語を公的な場面で利用しても良いケースを定めた、特別な法律があります。
レバノン憲法の第11条に「アラビア語は公用語である。フランス語が使用される場合については、法律が定めることとする」とあります。
フランス語はレバノンポンドの紙幣、道路標識、車両のナンバープレート、公共の建物などでアラビア語と共に表記されています。とはいっても、レバノンの人々の大半は、レバント方言に分類される「アラビア語レバノン方言」を話し、現代標準アラビア語(いわゆる“世界標準のアラビア語”)は主に雑誌や新聞、フォーマルな放送媒体などで使用されます。
会話の中で言語を切り替えることも
さらにさらに、アラビア語とフランス語を1つの会話の中で、切り替えながら話す(これは「code-switching」と言われています)ことは非常に一般的です。日本のように、1つの言語で会話する環境ではなかなか考えられないことです。
約900,000人中、500,000人程度の生徒が私立または効率のフランス語の学校に通っていて、数学と科学の授業はフランス語で行われます。さらに、今でもフランス語を「第一言語」として使用している人もいます。その多くは20世紀のフランス委任統治時代を経験した高齢者です。ベトナムの高齢者にフランス語を話せる人がいるのと似ています。
3. レバノンのアラビア語
続いては、お待ちかねのアラビア語です。レバノンの公用語は、レバノン憲法の第11条で規定されている通り、アラビア語ですね。もう皆さんご存じの通りです。この唯一の公用語であるアラビア語についての興味深い風潮をご紹介します。公用語なのに、存続の危機が叫ばれています。少なくとも、そのような危惧を抱いている人が…。
アラビア語復興の意識
ベイルートの学校で美術を教える教師のRanda Makhoulさんがアラビア語で質問をすると、生徒が英語かフランス語で答えてくることがしばしばあります。
「若い子供たちが母国語をしっかりと話したいのに、きちんと文章を作ることができない様子を見るのはもどかしいです」と彼女は語ります。
Mrs Makhoulさんは、中東で生まれ育ったにも関わらず、アラビア語をうまく話すことができない若者の数が増えていることを懸念している多くのレバノンの教師や親の一人にすぎません。
彼女はFeil Amer(今すぐ行動を)という団体による「You speak from the East, and he replies from the West(「東の言葉で問いかけると、西の言葉で返事が返ってくる」の意味)」と銘打たれたアラビア語保全キャンペーンを支持しています。
学生からのアラビア語に対する危機感
「両親が私のアラビア語の習得のために教育に力を入れなかったことが残念に思えます。私はもう遅いですが、国内のもっと若い世代のために何かすべきかもしれません。」
— Lara Traad(16才、学生)
現状として、多くのレバノン人がフランス語を話し(これは植民地支配の名残です)、若い世代は、それどころか、英語により強い関心を持っています。
子供をフランス語のリセ(lycée=日本の高校に該当する、フランスの後期中等教育機関)やイギリスやアメリカのカリキュラムを採用している学校に入学させる親は増えています。そうすることで将来仕事につきやすくなったり、より安定した将来に結びついたりすると期待しているのです。中には家庭で子供にフランス語や英語で話しかける親までいます。
アラビア語の中でも、古典的な文語のものと口語のレバノン方言は大きく異なります。
レバノン若年層のアラビア語離れ
現代標準アラビア語は日常会話で全くと言っていいほど使用されません。ニュースや公的なスピーチ、一部のテレビ番組などでしか耳にしないものです。
その結果、多くのレバノンの若者たちは標準アラビア語の読み書きに苦労し、16、17歳の生徒が誤ったアラビア語しか話せないというのも珍しいことではありません。
この問題は、UAE、ヨルダン、エジプト、北アフリカの国々(モロッコ、アルジェリア…)など、「外国系の学校がますます一般的になっているアラブ世界」のいたるところで起きています。
これまで数年間のモロッコ生活で、私も同じことを感じています。モロッコでは、フランス語をどれだけ話せるか(つまり、フランスミッション系の学校に行っているか)で、キャリアの大部分が決まります。実際、私の周りでも、いわゆるいいお家柄のモロッコ人は、ほとんどフランスの大学に留学しています。これが必ずしも、アラビア語ができないことを意味するわけではありませんが、それでも、標準アラビア語の重要性は、若年層でかなり薄れてきている印象を受けます。
4. レバノン旅行ではどの言語が通じるの?
それでは、レバノン旅行をしたら、どんな言語を使えばいいのでしょうか?気になるところですね。
レバノンではどれくらいの人が英語を話せるのか
相当な数の人が英語を話せます。特に都市部では、若い人を中心に英語を上手に話す人はたくさんいます。フランス語は今でも多く使用されていますが、現在では国全体を見ると、フランス語よりも英語の方が通じやすいくらいです。
ただし、田舎の方では、英語が流暢な人の数は少なくなるので、アラビア語がもう少し必要になるはずです。
フランス語だけ話せる場合、レバノン旅行は問題ない?
場所によっては、第一言語はレバノンのレバント方言ではなくフランス語になります。このように、その地域やエリアごとに住む人の宗教や文化によって、大きく異なります。キリスト教徒の多い地域であれば、間違いなくフランス語が第一言語か第二言語になります。
ただし、南部や北部の他の都市部では、フランス語はそこまで広く使われていないか、フランスの植民地の一部だった時代を知る古い世代しか話せません。ですので、フランス語だけでレバノンの全域を旅しようとすると、言葉が通じず困ることがあるでしょう。
色々と言語が混在する国ですが、まずは英語で話しかけてみるのがおすすめです。それが通じなかった場合には、様子を見ながら、フランス語やアラビア語を試してみる、なんてのはいかがでしょうか。この「どの言語がいけそうかな」という駆け引きをしてみる感じは、レバノン旅行の醍醐味かもしれません。
5. レバノンの英語
レバノンは本来、アラビア語、フランス語の国ですが、ビジネスの現場やメディアでは英語の使用される頻度が増えています。グローバリゼーションの波が襲いかかっている(幸か不幸か)ことがはっきりわかります。
レバノンでの英語の影響が増したのは第二次世界大戦直後のことでした。そこから、どんどん英語の普及率と、これを話すことへの憧れが高まっています。英語を第一言語として使用する人々となると、その多くはレバノンに住んでいる外国人(レバノンに出張できている人や、仕事の関係で移り住む家族など)です。
英語とフランス語を筆記手段として使用し、流暢に話すことのできる人は、レバノンでは一般的に、エリート、もしくは教養のある人として認識されがちです。そのような風潮を考えると、確かに、若者がそちらに引きつけられるのは自然なことなのかもしれません。
こちらが観光客だと気づいて、積極的に英語で話そうとするレバノンの人もいるかしれません。それを話すことが一種のステータスととらえられているかもしれませんし、旅人としては結果的に助かりますね。また、純粋に、おもてなし精神の表れでもありそうですので、感謝したいところです。私としては、アラビア語が公用語なのに英語を流暢に話す国、というのが非常に新鮮です。
6. 首都ベイルートで使われている言語

ベイルートの人々は主にアラビア語を話します。とは言え、英語とフランス語も多用されています。どの地域に住んでいるかによって、これら3つの言語のどれかを耳にすることになるでしょう。地域による違いはかなりあります。
一般論になりますが、多くのレバノン人は感謝を伝える際に、一般的なアラビア語の「Shukran(シュクラン)」を使用せず、フランス語の「Merci(メルシー)」を使用する傾向にあります。また、面白いことに「Hi! Kifak, ca va?」というような挨拶の言葉を聞くこともあるかもしれません。これは、実は、英語+アラビア語+フランス語です。
ベイルートの中でも、キリスト教地区では、英語とフランス語を比較的よく耳にするかもしれません。一方で、他の地域、例えば、ハムラ地区などはより伝統的な人々が暮らすところで、フランス語や英語を話す人は少なく、多くの人がアラビア語を話します。
ブルジュハモウドなどの地域にはアルメニア系レバノン人の人口が多いため、アルメニア語とアラビア語が混在しています。このように、首都ベイルートの中だけでも、あらゆる言語がひしめいているのです。
ベイルート旅行の言語まとめ
整理しましょう。アラビア語が一番使われていて、次が英語とフランス語です。これらのうちいずれも話せない場合でも、レバノン人は、ホスピタリティのある人々ですので、一生懸命理解しようとしてくれるはずです。ですので、英語も、アラビア語も、フランス語も難しい…とプレッシャーに感じる必要はありません。
英語もしくはフランス語だけでも話せれば、ベイルートを旅行する上では、大半の人と意思疎通ができます。それでも、首都を離れると英語を話す人の割合は減少するので、少し難易度が上がるかもしれません。
アラビア語のシュクラン、フランス語のメルシーなど、言語の垣根を越えてフレーズを覚えておくと、レバノン旅行に深みが出るはずです。それらを一つの文章の中で使っても全然OKなので、ルールから解き放たれた気分になるかも。
さいごに
今回は、レバノンの面白すぎる言語事情に迫りました。アラビア語、と言い切ってしまうことはできませんし、かといって、フランス語や英語がメインかと言えば…まだそこまでではありません。レバノンを旅行することがあれば、是非とも、この言語のごちゃ混ぜ感を楽しんでもらいたいと思います。特に、一つの文章の中に複数の言語を入れる気持ちよさは、あります。
ちなみに、我が国(と言うと偉そうですが)モロッコでは、レバノンのアラビア語が「きれい、美しい、かわいい」というのは、一般的な意見です。モロッコのアラビア語は「力強く、繊細さがゼロ」なので、レバノンの「さらりとしたアラビア語の発音」には、私も癒やされっぱなしです。