【実は最低の悪人だった…?】本当のコロンブスを知る10のポイント

⚠️STAY HOME!! 新型コロナウィルスとの戦い、皆で一緒に頑張り、乗り切りましょう。YOSO-Walkでは世界の旅情報を中心にご紹介していますが、今は、バーチャルで楽しむお手伝いができれば幸いです。

 

学校の歴史の時間に習った誰でも知っているアメリカ新大陸を発見した航海士のコロンブス。でも、最近のアメリカでコロンブスの銅像が各地で破壊されていることがニュースになっているのですが、不思議に思いませんか?

 

実際にコロンブスは何をしたのでしょう?コロンブスを知るために大事な10のポイントをここであげたいと思います。

 

1. コロンブスは黄金郷ジパングに憧れていた

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
「Cosmographia」掲載のアメリカ図。北アメリカのすぐ西に「ジパング」が描かれている

 

コロンブスが新大陸を発見した航海に出たのは、マルコポーロの東方見聞録を読み、アジアのスパイスや黄金を手に入れるためでした。特に憧れていたのは、黄金郷と描かれたジパング(日本)に行くことでした。

 

当時は地球平面説に代わり「地球球体説」が信じられるようになっていました。そのためコロンブスは大西洋を西に進んで行けば地球を一周して反対側のアジアにたどり着くことができると考えたのでした。

 

2. コロンブスはイタリア人?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
ジェノヴァのフェッラーリ広場

 

コロンブスが、スペイン王室の援助を受けて、航海したことは有名ですが、実はイタリアのジェノヴァで生まれたというのが定説です。大西洋航路でアジアにたどり着く構想を実現するために、財務支援の獲得に奔走しました。最初はポルトガル王に、そしてイギリス王、フランス王にも依頼、最終的にスペイン王室の女王イザベル1世から援助を取りつけるまでに、実に7年半かかっています。

 

3. スペイン王室との契約は法外?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント

 

財務援助を取りつけるのに時間がかかった理由は、コロンブスの提示した条件は法外というほどの好条件だったからです。スペイン女王は、黄金の国ジパングを植民地にできれば、豊富な黄金で十分利益が出ると考え、コロンブスの条件を受け入れたのでした。

 

そして結んだのが、サンタ・フェ契約です。その契約は西廻り航路開拓が成功した際にコロンブスが得られる恩賞を確約させたもので、主な内容は以下の通りです。

 

  • 発見した新たな土地の相続可能な終身提督の地位がコロンブスに与えられる。
  • 発見された土地から得られた利益の10パーセントをコロンブスの取り分とする。
  • 発見された土地から得られた物品の交易において生じた紛争は、コロンブスが裁判権を持つ。
  • コロンブスが今後行う航海にかかる費用の8分の1を負担する場合、航海によってもたらされた利益の8分の1をコロンブスの取り分とする。

 

4. コロンブスは本当に新大陸を発見したのでしょうか?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
コロンブスの上陸を描いた絵画

 

コロンブスが初航海で1492年10月12日にたどり着いたのは、カリブ海のバハマ諸島の1つのサンサルバトル島(ワトリング島)で、そこからカリブ海の島々を探検していきました。

 

1498年8月にコロンブスは3回目の航海で南アメリカ大陸本土のベネズエラ、オリノコ川河口の三角州を探検しました。河口の三角州が大陸本土と言えるかどうかは意見が分かれるところですが、これをもって南アメリカ大陸に到達したとされるので、コロンブスが発見したのは、正確には南アメリカ大陸です。

 

広義には、アメリカ大陸は、カリブ海も含めて北アメリカ大陸と南アメリカ大陸をあわせて呼ばれ、また新大陸と呼ばれます。

 

5. コロンブス自身は、新大陸を発見したと思っていなかった

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
コロンブスの作成したとされる地図

 

コロンブス自身は自分が到達した土地を最後までアジア(インド)だと信じていて、「新大陸」と気づくことはありませんでした。コロンブスは原住民が鼻につけている金の輪を見て勇気づけられ、2週間後に現在のキューバを発見し、ジパングであると確信したということです。その後も1504年までの間に、コロンブスは計4回も大西洋をわたり、探索を続けましたが、目指すスパイス、絹、黄金、真珠、宝石類を発見することはできませんでした。

 

カリブ海域の島々を「西インド諸島」と呼ぶのはもちろん、コロンブスがそこをインドだと勘違いしたから。アメリカの先住民は「インディアン」と呼ばれますが、これも同様の理由です。

 

6. なぜ新大陸が「アメリカ」と呼ばれたのか?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
アメリゴ・ヴェスプッチ

 

同じころスペイン王·ポルトガル王の派遣した船団で何度かこの地を探検したアメリゴ・ヴェスプッチは、この地がアジア大陸とは別な新大陸であると主張し、1507年にはドイツ人地理学者の作成した世界地図で新大陸をアメリゴに因んで「アメリカ」と呼んだことから、この地はアメリカ大陸といわれるようになりました。

 

しかし、歴史的にはアメリカ大陸の発見者はコロンブスであると考えられ、コロンブスが最初にバハマに到達した10月12日はコロンブス・デーとしてアメリカ大陸の多くの州や国々で祝われてきました。

 

なお、アメリカの首都をワシントンD.C. (Washingon District of Columbia )「コロンビア特別区」というのもコロンブスの名に由来しています。また、南米大陸のコロンビア共和国もコロンブスが由来です。

 

7. 誰がアメリカ大陸を発見したのでしょう?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
レイフ・エリクソンの描かれた切手

 

米国にはレイフ・エリクソンデーという記念日があります。毎年10月9日、北米へ最初に到達したヨーロッパ人ともいわれるアイスランド人探検家、レイフ・エリクソンを記念する日です。現在ではヴァイキングが西暦1000年にアメリカ大陸(現カナダ)に到達し、その地をヴィンランドと呼んでいた事実が定説となっています。

 

8. コロンブスがヨーロッパに持ち帰ったものとは?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
梅毒に罹患した患者を描いたイラスト(ウィーン | 1498年)

 

コロンブス交換という言葉を聞いたことがありますか? コロンブス交換はコロンブスの新大陸発見から続いた東半球と西半球の間の植物、動物、食物、人口(奴隷を含む)、病原体、鉄器、銃、思考の広範囲にわたる交換のことです。ジャガイモ、サツマイモ、カボチャ、ピーマン、トウモロコシ、トマト、イチゴ、パパイヤ、唐辛子、落花生、カカオ、七面鳥等が、コロンブス一行により新大陸からヨーロッパに持ち込みました。

 

しかし、食べ物だけでなく、新しい病気も持ち込んでしまいました。代表的なのが梅毒です。コロンブス一行が罹患し、広まったというのが定説です。

 

そして、タバコがあります。

 

このように、コロンブスの航海が世界に与えた影響はとても大きなものなのです。

 

もちろん逆にヨーロッパからアメリカ大陸に持ち込んだものも多くあります。まずは小麦。アメリカ大陸に定着し、主要な穀物となりました。そして、馬。アメリカ大陸開拓の原動力となりました。そして、ヨーロッパから持ち込まれた病気は、天然痘、インフルエンザ、ペストで、先住民のほとんどが滅亡の危機に陥るまでの死者を出すこととなりました。ヨーロッパ人による酷使も相まって、天然痘による奴隷の減少は、アフリカの黒人奴隷が輸入されるという事態へと繋がっていったのです。

 

9. コロンブスは最低の虐殺者?

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
コロンブスによる虐殺の様子を描いた絵画

 

コロンブスの興味は黄金だったため、原住民に黄金を差し出させようとして、略奪を繰り返しました。特に2回目の航海は入植目的で、原住民に対して徹底的な略奪や強姦、虐殺行為を行いました。「最低の虐殺者」と呼ばれる所以なのです。コロンブス一行によって持ち込まれた疫病もあって、合計の犠牲者は5万人を超したと言われています。

 

また、コロンブスは生き残った原住民を奴隷としてスペインへと送りました。「世界最古の奴隷商人」という評価まであります。しかし、コロンブスが行った原住民の大虐殺に対しイサベル女王は怒り、奴隷を送り返し、コロンブスの統治に対する査察官が派遣されました。その時は、コロンブスの釈明が受け入れられ、お咎めはありませんでしたが、3回目の航海の際には、すっかりイザベル女王の信頼が薄れ、残虐な統治に1500年8月、コロンブスは本国から来た査察官によってついに逮捕、本国へと送還され、地位を全て剥奪され、晩年は残虐な航海士として不名誉の中で死ぬことになったのです。

 

10. コロンブスの卵

 

【実は最低の悪人だった…?】 本当のコロンブスを知る10のポイント
卵を立てるコロンブス

 

コロンブスと言えば、コロンブスの卵の逸話があります。

 

コロンブスの新大陸発見を祝うパーティの最中、「インドへの航路を発見したといっても、結局海を西に進んだだけだ」「そんな事は誰にでもできる」と難癖をつけてきた貴族たちに、コロンブスが「では、このゆで卵を立ててみてください」と応じたというエピソードです。

 

コロンブスはゆで卵の底を割って、それから卵を立てるという形で「卵を立てる」という難題を解決します。当然「そんな事は誰にでもできる」と反論が上がりますが、コロンブスは「誰にでもできることであっても、最初にそれを行うことは知恵と勇気がいるもの」「私の航海も同じことです」と見事に反論したと伝わっています。

 

コロンブスの柔軟な発想力が描かれたエピソードですが、実はこのエピソードも「コロンブスのものではない」という説が存在し、現在でも議論の種となっています。

 

最後に

 

コロンブスは新大陸を発見したのではないかもしれませんが、当時未知だった大西洋の航海路を開拓した人物です。新大陸発見にヨーロッパは湧き、第1回目の航海のあと、コロンブスは英雄としてスペインに凱旋し、公海の提督 (Admiral of the Open Seas) という名誉な位まで与えられました。そして大航海時代が本格化し、ヨーロッパ諸国が次々と植民地を求めていったのです。コロンブスは、黄金は発見できませんでしたが、50年後には南米や中南米で銀が発掘され、スペインに巨大な富をもたらしました。そしてコロンブスによってヨーロッパに持ち込まれたアメリカ大陸の食物によって、世界の食文化が大きく変わりました。コロンブスが歴史にもたらした影響はとても大きいものです。

 

しかし、植民地の統治者としては、虐殺を指揮したことも間違いなく、「先住民の虐殺者」として、今年アメリカでミネアポリス反人種差別デモが拡大すると、各地でコロンブスの銅像が取り壊される騒ぎになっているのです。

 


この記事が気に入ったら「いいね!」をどうぞ


人気の記事がこちら

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

【実は最低の悪人だった…?】本当のコロンブスを知る10のポイント